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365日 杉窪 章匡

インタビュー 365日 杉窪 章匡

変わりゆく時代の中で常識にとらわれず、思考する職人

杉窪 章匡(すぎくぼ あきまさ)

ウルトラキッチン株式会社 代表取締役。
石川県出身。菓子職人としてのキャリアを経て製パンに転向。フランスでの修行も経験し、2013年に東京・代々木八幡でベーカリー「365日」を開業。
国産素材・自家製・働きやすい現場づくりを徹底し、独自の商品開発と店舗運営で注目を集める。現在は自社農園の運営やパーマカルチャー的な暮らしにも取り組む。

お惣菜・ケーキ・雑貨や生鮮品 まで取り揃えるパン屋を超えた店

ベーカリー 365日

東京・代々木八幡駅から歩いてすぐ。スタイリッシュで温もりのあるファサードが印象的なベーカリー「365日」の扉を開けると、思わず目を奪われる光景が広がっていた。
ころんと可愛らしいパンたちが、まるで宝石のようにショーケースに並んでいる。見たことのないかたち、味の想像がつかないようなパンも多く、つい「これも、あれも」と注文の手が止まらなくなる。

店内には、パンだけでなくオリジナルブランドのコーヒー豆や、無農薬野菜などの生鮮品も並ぶ。ベーカリーという枠を超えたセレクトショップのような空間に、海外からの観光客、若者、年配のご夫婦といった多様な客層が自然に混ざり合っていた。
ただパンを売る店ではなく、暮らしに寄り添うパン屋として注目される存在。それが「365日」だ。

この唯一無二のベーカリーを手がけたのが、ウルトラキッチン株式会社代表・杉窪章匡氏。
取材当日、約束の時間になると彼が姿を現した。穏やかな目の奥に、何でも見通しているような空気をまとっており、その場にいるだけで、すっと空気が引き締まる。
ひと目でただ者ではないと感じさせる存在感があった。
現場に立ちながら、経営・商品開発・農業までを自ら担う。

そんな杉窪氏は、実は幼い頃から、ひときわ目立つ子どもだったという。

喧嘩で高校は「クビ」。単身大阪で学生生活を送り人生の基盤を作る

石川県出身。両祖父が輪島塗の職人という、伝統工芸に囲まれた家系に生まれ育った杉窪氏。兄が二人おり、それぞれ10歳、8歳年上。年の離れた末っ子として育った彼は、「同じことをやっても目立たない」と自然と違う方向へと自分を表現するようになっていった。
「出たがりというよりは、本人が思っている以上に目立っていたんだと思う」と語る杉窪氏。学芸会で主役を務めたこともあるという。中学卒業後に入学した地元の高校は、わずか2ヶ月でクビに。当時は柔道・空手を習っており、喧嘩が強かった。

その後の進路に選んだのは大阪。兄たちが東京に出ていたこともあり、「違う場所のほうがいい」と考えた末の選択だった。この時点で「特別な思いを持って料理を志した」というより、まだ10代の若者として流れに乗って選んだ進路だったと振り返る。

調理師学校在学中、見せられた一本のドキュメンタリー番組。
日本の料理界のトップシェフが、理不尽な叱責をしている姿に、杉窪氏は強い幻滅を覚えた。
こうした環境の中で働くことに、どうしても前向きにはなれなかったという。以降は、誰かに教わるという姿勢ではなく、自分で見て、考え、学び取っていく道を選ぶようになる。
独学こそが、自分の職人としての出発点になった。

思考する職人へ

ベーカリー 365日

自分で考えて学び取る独学の道を選んだ杉窪氏。その手段として選んだのが「製菓」の世界だった。
「本で学ぶだけじゃなく、実際に味わってみるのが一番早いと思ったんです。でも当時の自分に、フランス料理を食べ歩けるほどの経済力はなかった。だったら、ケーキなら買えるじゃないかと。」

製菓は、街の名店をまわって味を確かめ、自分の中で「なぜ美味しいのか」を徹底的に考え抜けるジャンルだった。
限られた手段の中で、頭と舌をフル稼働させる日々。そこで鍛えられたのは、素材や技法に対して、自分の言葉と理屈で説明ができる思考する職人としての基盤だった。

また、20歳の頃から「一人で完璧を目指すか、仲間と品揃えのある店を作るか」という問いを持ち続けていたという。

そして選んだのは後者。理由のひとつは、「その方がお店として可愛いと思ったから」。
そしてフランスのパティスリーのような、多彩な品揃えのある店をイメージするようになる。
その延長線上にパンも自然と加わっていった。23歳から24歳にかけて、たまプラーザのパン屋で働いたのが、パン職人としての出発点だった。当初は知識もない状態からのスタートだったが、わずか1年でパンの基礎を一気に吸収した。そこでもまた重視したのは、単なる感覚や経験則ではなく、自分の頭で理解し、言葉で説明できることだった。

その後は製菓の現場に戻り、24歳でホテルのシェフパティシエに就任。さらに経験を重ね、27歳でフランスへ渡る。
現地ではフランス料理のレストランで腕を磨きながらも、「教わるより、自分で見て、考えて、学ぶ」という哲学はすでに確立されていた。
その姿勢を貫いたまま、数年後に帰国する。帰国後は製菓の現場でシェフとして経験を重ね、日々の業務と並行して、パンや素材の実験・試作を行うようになる。

それがのちの「365日」につながる技術や考え方のベースとなっていった。

20代の頃に経験したパンの技術を活かし、34歳のときに、青山のとある名店でベーカリーシェフとして活躍するに至る。

日常に寄り添う食を提供

ベーカリー 365日

40歳のとき、杉窪氏は独立を決意。そうして立ち上げたのが、「365日」をはじめとする複数ブランドを展開するウルトラキッチン株式会社。
2013年12月に「365日」がオープンした 。店舗名に込めた意味は、「日本の食文化に寄り添ったパンを作る」という想い。
また、「日常に寄り添う食」をどう作るかという問いが、365日という名に結実した 。
スモークサーモン、ハム、ベーコンまですべて自家製。厨房では分業ではなく、スタッフ全員が多様な技術を身につけられるような体制をとっている。

現場主義・多能工スタイルも杉窪氏の哲学のひとつだ 。
技術だけでなく、つねに「考える」姿勢と「問い続ける」視点がある。日本の食文化に根ざしながら、時代と向き合い、パンのあり方を問い直す。
365日は、そんな思想のもとで日々進化を続けている。

現場に立ち続け、食材を育て、商品を磨き、組織を育てる。そのどれにも妥協せず挑み続ける姿勢に、ブレはない。
これからこの店が、そして杉窪章匡という職人が、どんな景色を見せてくれるのか。その続きが、ただただ楽しみでならない。

ベーカリー 365日のパン

【杉窪さんに聞いた】おいしいは当たり前の時代になった

ベーカリー 365日

パンをおいしくすることは、大前提です。けれど、それだけでは店は成り立たない。
おいしいパンがあっても、職人が疲弊して、店が回らなければ意味がない。
僕は、お店というのは、パンも、人も、仕組みも、全部ひっくるめて設計されるべきだと思っています。
原価率の考え方ひとつとってもそうです。昔の飲食業界では、サービス残業があって当たり前で、その上に数字が組まれていた。
でも、うちは最初から「ちゃんと法律を守った上で利益が出る構造」でなければ意味がないと決めている。

素材には妥協せず、むしろ「いいものを使ったうえで、利益を残すにはどうすればいいか」を考える。
それが経営であり、職人を守る道だと思っています。

パンのサイズもそのひとつです。
食べきりサイズが好まれる時代。家庭の形が変わって、1人で食べる人も増えている。それに合わせてパンを小さくすれば、単価は上がっても、ちょうどいい量になりますし、見た目も並べたときにかわいく映る。
それが結果的に、ブランドとしてのイメージや、お店の空気感にもつながっていきます。

労働環境についても、僕は「現場を離れた時間が、その人の職人としての厚みを作る」と思っています。
技術は現場で身につけられる。でも、理論やセンスは、現場の外でしか育たない。
だから、働く時間を減らす仕組みをつくって、代わりに考える時間を確保する。スタッフには、美術館に行ったり、絵を描いたり、建築を見に行ったりしてほしい。
そういう経験が、最終的に自身のセンスとなり、自分に返ってくるんです。

パン屋って、ただ手を動かすだけの仕事じゃない。社会の変化に目を向けて、仕組みを考えて、人を育てて、店を育てていく。
全部を含めて、ようやくお店だと思うんですよ。

パーマカルチャーを求めて

ベーカリー 365日

農業に興味を持った最初のきっかけは、フランスで訪れたミシュラン三つ星レストランで食べたスペシャリテ。「ガルグイユ」という一皿に、たくさんの野草が盛り付けられていた料理がきっかけです。

それぞれが持つ香りや味がものすごく印象的で、僕の人生の中で、一番感動した料理でした。調理ではなくて、素材そのものが美味しい。それに衝撃を受けました 。
それから素材に対する意識が変わって、帰国してから野菜農家さんのところに行くようになり、千葉で自分の畑を始めました。今では関わっている農家さんは50軒以上。
自分でも育てながら、いろんな現場とつながっています 。

僕が考えている「パーマカルチャー」というのは、持続可能な農的暮らしのことです。
誰かを搾取したり、大量生産で無理をしたりせず、自分の食べる分を自分で耕す。余ったらあげたり、少し売ったり。それくらいが、ちょうどいい暮らし方だと思います。

みんながそうやって、ちゃんと食べる分だけ耕して、無理なく暮らしていたら、ロスも出ないし、労働時間で苦しむこともない。この生活をみんなが真似できたら、最終的には世界平和になる。
おおげさじゃなくて、本当にそう思ってます。
自分が子どもに見せられる行動をしていれば、きっと社会も変わっていく。
そのために、自分ができることを、一つずつやってるんです。

365日

ベーカリー 365日 外観

●所在地:東京都渋谷区富ケ谷1丁目2−8
● 立地:千代田線「代々木公園駅」より徒歩2分
●開業年:2013年 
●定休日:なし(店名にちなんで、うるう年の2月29日のみ店休)
●従業員:37人(販売16人 製造21人)
●日商:50万
グランスタカレーパン専門店 2億円
●オーブン台数:8台
●ミキサー台数:1台
●パンの種類:39種類

ベーカリー 365日 顧客層イメージ
インタビュー 365日 杉窪 章匡

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