デイジイ 倉田博和

パン屋のプロとして 時代を捉えるまなざし

倉田博和(くらた ひろかず)
株式会社デイジイ 代表取締役。
現在、本店のある埼玉県川口市を中心に埼玉に13店舗、東京に4店舗と多店舗展開している。
パンが約150種類、洋菓子が約50種類を取りそろえている。
国内外のコンクールでの受賞歴多数。
多くの独立者を輩出し後進育成にも。
業界関連団体の活動に尽力し業界の発展に努めている。
時代の変化と 出店戦略の変遷

埼玉県川口市に本店があり、埼玉県に13店舗、東京に4店舗と多店舗展開しているベーカリー&パティスリー「デイジイ」。
消費者、パン業界関係者に広く知れ渡る有名店だ。
デイジイ修行者の中から多くの独立者が輩出され、人気店も多い。
多店舗経営をしながら、今なお現場に立ち続け、数多くの職人に影響を与えてきた倉田シェフに、デイジイの経営戦略やこれまでの軌跡、今後のパン業界や若手へのメッセージのお話を伺った。
取材班が訪れたのは、オフィスビルが立ち並ぶ、東京都の西新宿駅から徒歩2分にあるデイジイ西新宿店。
正午頃の売場には、近隣のオフィスから昼休みで訪れたであろう人々がパンを購入し、またカフェスペースをランチ利用するお客様で店内は賑わっていた。
都心の好立地に出店したのですねと尋ねると、「最近、出店するのなら駅近であることを重要視している」と倉田シェフは答えた。
ここ10年ほどで、出店戦略が変わったという。
かつては子どもが多い住宅街エリアを中心に出店していた。
たとえば1学年6クラスある地域に出店したとすると、その子どもたちは小学校~高校生までその地元にいることが多いので、その年数分のお客様の見込みがたった。
しかし、現在では少子化で子どもの数が減りつつある。
では、他に人が集まるところはどこかと考えたときに出てきたのは「駅近」であるということだ。
また、お客様だけでなく、スタッフを集めるという観点からも重要だという。
スタッフにとっても通いやすい立地でなければ、そもそも人手が集まらないという考えだからだ。
「人がいなければお店が回らないからね、その分家賃が高くはなる。
人手不足のリスクと資金繰りのリスク、どっちをとるか、シンプルに考えることだね」と倉田シェフは語る。
出店戦略の話からも時代にあわせて柔軟に対応していることが伺えた。
パン屋のプロであるということ=総合力

大規模な商業施設が展開し、大手資本の店舗やチェーンが展開する昨今では、八百屋さんや、魚屋さんなどというような、○○屋という屋号がつく個人店や小規模な店舗は減ってきている。
その中で、他形態と比べると、製造小売りであるパン屋さんはまだ充分に闘えるという。
そんな厳しい時代の中で、「パン屋のプロ」である必要性を倉田シェフは語る。
つまり、パンを作るプロであると同時に経営のプロであることだ。
技術だけでなく、経営も財務も労務管理も全部できなければならない。
利益を出してスタッフに給料を払い、休みを確保して初めて商売は回る。
お客様に幸せを提供する代わりに、店も利益をもらい、Win-Winでなければ続かない。
「総合力」が必要だと説明する。
かつてのように、気合や根性だけでは通用しなくなっている。
最低賃金や労働時間の制約は年々厳しくなり、人手不足は深刻化している。冷凍生地やパーベイクなど、新しい技術を取り入れる柔軟さを大切にしているという。
「徹底的にこだわる部分」と「外部に任せる部分」を切り分け、持続可能な体制を作っている。
「出来合いの材料を使っていようが、自分の舌が納得しているのであれば、活用方法をセンスでなんとかできるもので、そこが職人の腕の見せ所でもあるね。
こだわりたいところは徹底的にこだわっていいし、そうでないところはうまく効率化を考えていくのが大切だ」と倉田シェフは語る。
流行に振り回されない 芯を持つ商品

流行を追いかけすぎると、店の芯を見失ってしまう。
オーソドックスな商品を大事にしながら、必要に応じて新しさを取り入れる。
それが長く商売を続ける秘訣だと語る。
クリームパン、あんパン、メロンパン、バゲット、食パン、プリン、シュークリーム、ショートケーキなど、世代を超えて売れ続けるロングセラー商品を大切にしているという。
ベーシックなパンだけではなくクロワッサンB.C.という多数のコンテストを受賞している話題のパンもある。
クロワッサンB.C.は受賞前から商品ラインナップにあったが、たくさん売れる商品というわけではなかった。
しかし、受賞してからより売上が上がって、宣伝の重要性を実感したという。
「コンテストの受賞発表がされる会場では、結果が発表されるまえに、
席を立ちあがってたんだ。
受賞する自信があったからね」と倉田シェフは茶目っ気たっぷりに当時のエピソードを教えてくれた。
デイジイはパンだけでなく、ケーキや焼き菓子にも強みを持つのが特徴
だ。
特に焼き菓子は、全店舗で年間3億円を超える大きな売上の柱だ。
「パン職人は〝焼く〟のが得意。
だから焼き菓子をやらないのはもったいない。
ロスも少ないし、パン屋にとって相性がいいんだよ」と語る。
焼き菓子は日持ちし、ギフト需要にも対応できる。
しかも原価計算をしっかりすれば利益率も高い。
時代を超えて愛される定番を持ちながら、様々な商品でバリエーションを加えている様子が伺えた。
人材の多様性とスタッフに慕われる器の広さ

女性や外国人のスタッフなども増えてお店の人材の多様性は増している。
各人材の成長を応援できる環境を整えて、現場が潤滑に動けるようにするにはどうすればよいかを日々考えている。
経営というのは最悪を想定してやるものだから「この人に抜けられたらお店が厳しい」という状況をつくらないよう属人化しない店舗運営をしていると語った。
パン屋のプロで厳格な経営者のイメージを持つ倉田シェフの別の一面も、垣間見ることができた。
厨房内で作業の様子を撮影していると、取材陣の緊張を和らげようと冗談を飛ばし、作業中のスタッフにも和やかな声かけをしていた。
また、取材を受けている倉田シェフの様子を他のスタッフが嬉しそうにスマホで撮影している光景があった。スタッフから慕われている様子が伝わってきて、それは、倉田シェフが日々スタッフのことを思いながら現場に立っているからなのだと感じられた。
厳しさの中にも思いやりと優しさを携えた倉田シェフの姿にデイジイのこれまでの発展の秘密が凝縮されているようだった。

【倉田シェフに聞いた】知らない間に非常ベルが鳴っているぞ

独立して成功している人たちに共通するのは、本質的に成功できる芯をくったパン屋のプロであるということ。
最初からお店を出して成功させる覚悟がある。
美味しいパンをつくることは大前提で、〝仕事が早い〟、〝仕事が綺麗〟、〝お客様に寄り添っている〟、この3つができる人間は伸びる。
あとは基本中の基本、整理整頓・掃除・片付けが徹底できるかどうか。
難しいことじゃないけど、それができなければならないね。
そもそもパンを作ることは手間のかかることだから、こんなものでいいやと、めんどくさがる性質だとダメ。
最近は、独立を目指す人は体感では3分の1くらいに減ったように思う。
都心でなくとも坪150万~くらいかかるし、機械もそろえて開業をと考えると1000~5000万くらいかかる。
リスクのあることだからどんどん厳しく感じるだろうね。
人によってバックボーンは異なるし取れるリスクの見極めが大事だね。
まあ、独立だけが今のパン職人のキャリアではないし、今のお店に定着して中核を担うこともできる。
どの道を選ぶか考えると良いよ。
変化が激しい時代で、知らない間に非常ベルが鳴っているっていうことをパン屋は自覚したほうがいいね。
人手が今よりどれだけ足りなくなるか、材料がどれくらい高くなるか、それに対応するにはどうしたらいいか、5年後、10年後を見据えるのが大事。
実際に、デイジイも工場の建て直しを進めていて、新しい工場には研修所を併設し、新商品の開発や技術研修を行えるように考えている。
機械や設備投資ももちろんだが、働いている人への気遣いも大切。
働きやすさを意識している。
たとえば、最近だと女性のスタッフが多い店舗もあるので、小麦袋は25kgではなく15kg袋に調整できるものは調整している。
他にもトイレは男女別にして男女共用しないようにするなど細やかな工夫をしている。
現場に立つ時は、スタッフたちがどうすればもっと作業しやすくなるかを意識して、こうすればもっと良くなるよと伝えている。

若いうちに経験を積むのを意識しよう

時間を有効に使うことが大事だね。
たとえば吸収力のある20代の若いうちにたくさん吸収しておくことが重要。
若いときは遊ぶことも大切だけど、芯をもってやり切らないと何者にもなれないと思う。
そして、自分の師匠筋を大切にして、たくさん学ぼう。
いろんなパン屋さんに訪問して横のつながりをつくりながら情報を集めておくのも大切だよ。
労働基準法を守るのは当たり前だけど、技術を磨いていくためには、忙しい経験を積んどいたほうがいいと思う。
長時間労働を常態化させるということではなくて、たとえば、人手が足りない時や繁忙シーズンなどで、年に2,3回は通常よりも長い時間働いてみるとか、量をこなす経験をしてみよう。
現場で追い詰められないと、オーブンの空き具合や製造量のバランス、作業スピードなど考えて作業しなくなるからね。
忙しいということは大きな経験になるんだ。
経験を積むということが大切。
うちの店にも外国人スタッフが活躍しているけれど、海外から来て働く人からも学べることはあるよ。
言葉も文化も違う中で必死に頑張っている姿、本国の家族のために稼がなければという覚悟、技術を身に着けるという使命感をもっていて真剣さがある。
その姿勢に日本人は敬意を払い、逆の立場だったら自分もそこまで真剣にできるのかと想像することが大切だね。
デイジイ西新宿店

●所在地:
東京都新宿区西新宿6-11-3D タワー西新
宿1階
● 立地:丸の内線「西新宿駅」より徒歩2分
●開業年:2020年
●定休日:なし
●スタッフ数:販売兼製造 6~7人体制
(スタッフ数は麹町店含む25人)
●日商:60~70万
●一日の平均来客数:600人
●オーブン台数:2台
●ミキサー台数:2台
●パンとケーキの種類:150種類
